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犬、柴犬、縄文犬、縄文柴犬
コラム

日本での犬の埋葬は縄文時代が始まり!?

現代社会においてペットは「コンパニオンアニマル」「伴侶動物」とも言われるように、人と生活を共にし家族のような存在としての役割を担っています。

また、生活を共にしていく中で愛着や思い入れの気持ちから、子供のように育てられているペットも多くいるように思います。

そのようにして人と同じように大切にされているペットだからこそ、亡くなった際に火葬や埋葬などを人のように行う方が年々増えております。

そうして、ペット火葬やペット霊園が注目されている現代ですが、ペットを大切に思い供養したいと思う気持ちは何もここ数十年で生まれたものではありません。

そもそも、実はペットを埋葬するという文化も最近現れたものではないのです。

その良い例として、縄文時代の遺跡に犬が埋葬された形跡があります。

これは日本最古の犬の埋葬と言われており、当時の日本人と犬の関わりを知るとても貴重な資料となっております。

今回は、そんな「日本最古の犬の埋葬」についてご紹介していこうと思います。

 

日本最古の犬の埋葬が発見されたのは?

 

竪穴住居

 

日本最古の犬の埋葬が発見されたのは今から約60年ほど前の事となります。

1962年に愛媛県久万高原町上黒岩岩陰遺跡で二体分の犬の遺骨が発掘されたのが始まりと言われております。

こちらが、現在でも日本最古の埋葬犬骨とされています。

しかし、この時に発掘された骨は、当時、調査終了後に所在不明となってしまいました。

そうして、遺跡から発掘された骨はおおよそ日本最古の犬の骨とされていましたが、行方不明になってしまったところから詳しいことは謎のままになっておりました。

しかし、2011年の春にその骨がある場所から見つかったのです!

それは、慶應義塾大学民族学考古学研究室が三田キャンパスの考古資料収蔵庫でした。

そして、そこには1962年に発掘されたであろう二体分の犬の骨がしっかりと保存されていました。

しかしなぜ、この場所から骨が出てきたのかは不明だそうです。

おそらくは、調査をした誰かが持ち帰ったのだろうとされていますが、詳細を知る方がおらずこの骨自体が本当に上黒岩岩陰遺跡から発掘された物かは当時定かではなかったそうです。

そのため、様々な大学などの研究者たちの協力を得て慎重に調査・研究を進める事になりました。

複数の研究機関の調査から、この二つの犬の骨は縄文時代早期末頃から前期初頭のものであろうという結果が出ました。

また、遺骨の形などから縄文犬とほとんど同じ特徴を持っていることが確認されたそうです。

そのような研究結果などから、三田キャンパスの考古資料収蔵庫から見つかった二体分の犬の骨は、上黒岩岩陰遺跡から出土した犬骨だということが分かりました。

そのようにして約50年もの月日を経て、また現代へと舞い戻ってきたこの犬の遺骨は上記に記した通り「縄文犬」のもだとされています。

続きまして、縄文犬についてまずは詳しく説明してきます。

 

縄文犬とは?

 

柴犬、琉球犬、北海道犬

 

縄文犬とは現在の日本犬の祖先にあたる犬種だと言われております。

縄文犬の特徴として、全体的に頑丈な体格をしています。

さらに、前頭部から鼻先の額段がオオカミと同じくらいで、顔の幅が狭いことも特徴として上げられます。

そして、現代そのような特徴を強く受け継いでいる犬種として「柴犬」、「北海道犬」、「琉球犬」など本州から離れた場所で生活をしていた犬がいます。

また、柴犬の中には「縄文柴犬」と言う、より縄文犬に近い顔をした柴犬も存在します。

この縄文柴犬が現在では縄文犬にとても近い種類とされています。

しかし、その個体数は犬同士の荒廃や海外の犬の参入によって数を減らしており、研究はまだされている真っ最中となります。

そのため、この柴犬がどれほど縄文犬に近しいのかまだ詳しくは分かっておりません。

そこで、そういった研究や日本古来の貴重な犬種を守るため、縄文柴犬を守る保護活動なども行われております。

このように、現代でもその姿の一部を残す縄文犬ですがそんな縄文犬がどのように縄文時代、人々と暮らし、埋葬されるようになったのか次にご説明していこうと思います。

 

縄文犬と縄文人の暮らし

 

縄文犬骨、日本最古の犬の埋葬、日本最古の犬の骨

Nesnad – 投稿者自身による作品, CC 表示 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=94314654による

 

縄文犬の遺骨は縄文時代の遺跡から多数見つかっており、その中にはほぼ全身骨格を保ち埋葬されたものもございます。

そして、その中には犬歯や小臼歯などの歯が脱落して歯槽が閉鎖した部分があるものもおり、これは現代のイノシシ猟における犬の歯の欠損状態と良く似ているそうです。

そのようなことから、縄文犬は縄文時代の主な狩猟獣であったシカやイノシシの追跡や捕獲をする役割を担っていたとされております。

そして、そのような狩猟パートナーとして人と共に生活をしていたと一説では言われております。

しかし、ただの狩猟道具としてだけの認識ではなかったことが当時の骨から見受けられます。

例えば、狩猟の最中に骨折などをした犬は狩猟をするという観点から見れば、もう使い物にならないという風に判断されてしまうでしょう。

しかし、縄文時代の遺跡から出土した埋葬犬骨の中には四肢骨に骨折と、それを治療した治療痕があった犬もいるのです。

このことから、骨折などをして狩猟ができなくなった犬にも骨折が治癒するまでキチンと世話をしていたことが分かります。

また、そうした犬も死後しっかりと埋葬されていることも大きなポイントとなります。

このように手当てをしている様子や埋葬状況などから、犬はただの狩猟道具としてではなく、現代のように犬をパートナーとして大切にし、寄り添い生きていっていたのではないかという定説が現在では最も有力だとされています。

では、なぜ犬はこのように狩猟の道具としてではなく、家族のような存在として大切にされていたのでしょうか?

それには、人間が狩猟を行う上で重要な役割が犬にあったからだと言われています。

それは一体どのような役割だったのでしょうか?

次にご紹介していこうと思います。

 

古代の狩猟における犬の重要性について

 

オオカミ、狼

 

更新世末期のヨーロッパにおいて、ネアンデルタール人が絶滅した理由の1つに犬がとても深くかかわっていることを皆様はご存知ですか?

ネアンデルタール人と共に当時のヨーロッパでの頂点捕食者であった、ホモサピエンスとオオカミとの三強が獲物の奪い合いをしていました。

そんな中、ホモサピエンスは途中でオオカミを馴化させることに成功しました。

これが「犬」の始まりと言われています。

つまり、獲物を奪い合う相手から、獲物を共有し共存する相手へと変化させていったというわけです。

こうして、ホモサピエンスは獲物を奪い合う相手を減らした上に、獲物を捕らえる相手を手に入れることに成功し、その後、獲物を捕獲する制度を高め、ネアンデルタール人を絶滅に追い込んでいったと言われております。

人より足が早く、獲物を噛み足止めがすることが出来る犬と、道具を駆使し、獲物を捕らえることに長けた人の連携は、その体の大きさから多くの食事を必要としたネアンデルタール人から必要な栄養を奪い取ったという仮説が立てられるほど、人と犬との連携が昔の狩猟にはとても新しくまた重要だったとされています。

こうして犬の登場によって人はより一層狩猟がしやすくなり、また自然界においても捕食者としての力をつけていったのです。

そして、縄文時代にも同様に狩猟を行う上で犬という存在が重要視されていたのです。

だからこそ犬はただの道具ではなく、生きていくうえでなくてはならない存在として大切に扱われていたのではないかと言われています。

 

現代のように共に生活をして生きていくパートナーとして、また狩猟のパートナーとして、愛着や情などが生まれ埋葬をするほどの関係になっていった縄文犬。

今も昔もそうして犬は人の相棒として過ごしてきたと考えたらロマンティックですよね。

こうして、今も昔もずっと続く犬との関わり。

皆さんもそんな犬とのお別れの際には、昔の人がしたように犬の葬儀や供養などをしてみてはいかがでしょうか?

記事担当 阿部


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